「いち会員」の“独り言”
「歌舞伎」観覧を楽しんでいます!
岸  毅
近況報告・エッセー

 国鉄高崎管理局に単身赴任で勤めていた父が明日、本社(東京)ヘ出張と久し振りに帰って来た時小学生の私と妹は寝ていました。
 勉強していた高校・中学生の兄・姉 に“頑張っているな”と言った父がその真夜中に“狭心症”で急死(45歳)、母(小学校教諭43歳)が祖母、子供4人を養いました。
 経済的に下宿は出来ず、8時半の実験等の授業に、5時前に起き母手作りの弁当を持ち5時半前に栃木県の家を出、上野、秋葉原経由水道橋駅で下車、地下鉄後楽園駅隣接公園の急な坂道を駆け上り定刻に教室にと3時間以上。帰りは上野駅等での待ち時間が長く約4時間掛けて。兄は早稲田大学へ、美智子姉と雅子妹は東京の女子短大卒業後2人共東京芸術大学ヘ、皆栃木県から通学。奨学金は日本育英会に返済していた母の長期入院のため私等が結婚後に完済。
 4年生の夏休み、私以外のゼミ生は皆就職が決まり、心配された先生の推薦で初めて受
験し、書類選考、学科試験後の面接日の朝、枕元に新品のワイシャツが有り“これを着て面接を”と言われ、母は職場へ。
 東京日本橋の本社で九州等から来た約30人は皆学生服で、私のみワイシャツで面接。夏休みの今は中野教授が準備して下さった雪印乳業中央研究所ヘ私1人通い、卒業研究(卒論)の指導を受けていることや高等学校の教員免許を取得しており、教員になる事も考えていること等を話しました。
 種々質問への応答で約3人に1人が選ばれた面接試験も通り“内勤(内務事務)幹部候補社員”として金融機関へ就職。
 本社は全国8総局とその下に総数100以上の支社を有し、私は、栃木県、本社、静岡県、千葉県、都内2支社、本社、関東総局勤務を経て本社に勤務しました。
 本社勤務の50代半ばの時に歌舞伎座の前を通る度に観覧したいとずっと思っていました。歌舞伎座の優待券を義父から貰い初めて観覧、その感動に、現役の時は夜6時半の幕間から、定年後暫くは毎月の様に、その後は年8回程度観覧し“観覧券”とその月のチラシ(表:出演者名と主演者の写真、裏:演目の粗筋等)をセット保管し楽しんでいます。
 “楽しんだ歌舞伎観覧199回(イチキュウクカイ)
       200回後も元気で観度い”
 “健康で歌舞伎観覧楽しみに
       暮らせる今日に感謝感謝す”