歳時記
2026年5月25日(月)
ほととぎす
全長は28cmほどでヒヨドリよりわずかに大きく、鳩より小さい。頭部と背中は灰色で、翼と尾羽は黒褐色をしており、胸と腹は白く、黒い横しまが入る。夜に鳴く鳥としても珍重され、その年に初めて聞くホトトギスの声を忍音(しのびね)といい、これも珍重されてきた。
平安時代以降には「郭公」の字が充てられることも多く、姿形も似ているが、ほととぎすは郭公よりも小形である。典型的な違いは鳴き声で、郭公はその名の通り「カッコウ」と鳴くが、ホトトギスは「テッペンカケタカ」とか「トッキョキョカキョク」(特許許可局)などと表現されるように珍しい鳴き方をする。
なお、明治の俳人・歌人の正岡子規の本名は常規だが、結核で喀血したので「鳴いて血を吐くほととぎす」(ホトトギスは口の中が赤い)と言われるホトトギスの漢字表記の一つ「子規」を自身の俳号とした。
標掲の徳大寺左大臣・藤原実定(平安後期から鎌倉初期の公卿・歌人)の歌は、千載集に掲載されている(小倉百人一首81番にも)もので、「暁(に)聞(く)郭公といへる心を詠み侍りける 右大臣」とある。この「郭公」も「ホトトギス」と音読されていた。歌の意味は、ホトトギスが鳴いた方を見渡すと、そこにはホトトギスの姿はなく、ただ夜明けの月が残っているだけだった(「有明の月」は夜が明けても空に残っている月のことを指す。)となる。(右の絵は、江戸時代歌川国芳がこの歌の情景を描いた浮世絵。)ホトトギスを詠んだ歌は万葉集にも多いが、王朝以降のほととぎすの歌は、実際に見たり声を聞いたりという詠み方から次第に離れて行った。鳴き声が愛され、特に夜明けの声を聞くのは風雅なこととされたので、徹夜して待つという事もあった。この歌のようにホトトギスの声と有明の月を組合せ、耳と目に複合させて一幅の名画風に仕立てる趣向が盛んに試みられたようだ。
枕草子の99番「五月の御精進のほど」に次のようなくだりが出てくる。
五月の御精進をなさるころ、(中宮様が)職の御曹司においでになるころ(の話である)、塗籠の前の二間の所を、(精進の仏事のために)特別にしつらえてあるので、いつもとは異なっていてもおもしろい。このところ雨が降ったり、ぐずついた曇りの日が続いて所在無いので、「ほととぎすの声を聞きに行きたいわ」と(私が)言うと、我も我もと言って(女房たちは)でかけます。そこでほととぎすの声を聞くことができて歌を詠もうとしたけれど、周りの景色に見とれたりしているうちに結局歌を詠むの忘れて帰ってきてしまうことが書かれている。
鳴かぬなら殺してしまえ時鳥 織田右府
鳴かずともなかして見せふ杜鵑 豊太閤鳴かぬなら鳴くまで待よ郭公 大権現様
これは江戸時代、平戸藩9代藩主松浦静山が著した「甲子夜話」という随筆にでてくる逸話だが、戦国の三英傑の性格をよく表していると言える。
このことに限らず、多く鳥の中でホトトギスがこれほど歌に出てくるのは、何故なのか。それは「ホトトギス」と五音なので、歌に詠みやすいという点と、その鳴き声が特殊で古来から人々に珍重されていたことが、理由ではなかろうか。
橘の花散る里のほととぎす 片恋しつつ鳴く日しぞ多き(大伴旅人 万葉集)
……橘の花が散る里のほととぎすは、散った花を独り恋い慕いながら鳴く日が多いことだ。
あしひきの山ほととぎす汝が鳴けば 家なる妹し常に偲はゆ(沙弥満誓 万葉集)
……あしひきの山で鳴くほととぎすよ、お前が鳴くと、家にいる妻のことがいつも思われるのだ。
音羽山今朝越えくれば郭公 梢はるかに今ぞ鳴くなる(紀友則 古今和歌集)
……音羽山を今朝越えてきたところだが、ちょうどその時ほととぎすの梢はるかに鳴くのが聞こえて、
私を旅に出た気分にしてくれた。
おもふことなき身なりせはほとときす 夢にきく夜もあらましものを(摂政前大納言・九条兼実 千載和歌集)
……辛いことがある時に聞くと、ほととぎすの声は人を憂鬱にさせるものだ。何も悩みがない身分だったら、
夜、夢の中でだってほととぎすの声を聞きたいものなのに。
夏の夜の心をしれるほとときす はやもなかなんあけもこそすれ(中務 拾遺和歌集)
……夏の夜が短いと感じる気持ちを知っているホトトギスは、早く鳴き出して欲しい、
夜が明けてしまうといけないので。
桜色に染めし衣をぬぎかへて 山ほととぎすけふよりぞまつ(和泉式部 後拾遺和歌集)
……春の季節、桜色に染めて着ていた衣を、衣更えの今日、夏の衣にぬぎかえて、
ひたすら山ほととぎすの来訪を待っています。
目には青葉 山ほととぎす 初鰹 (山口素堂)
木隠れて 茶摘みも聞くや ほととぎす (松尾芭蕉)
うす墨を 流した空や 時鳥 (小林一茶)
ほととぎす かならず来鳴く 午後三時 (高浜虚子)
谺(こだま)して 山ほととぎす ほしいまま (杉田久女)
あの声で蜥蜴(とかげ)食らうか時鳥(宝井其角)
いつもウオーキングに行く狭山湖への上り坂のところで、あの「トッキョキョカキョク」というほととぎすの鳴き声を聞くことがある。でもそれは茶畑が続く斜面の向こう側の谷の辺りなので、その姿を見ることはできない。
三沢 充男