歳時記
2026年1月26日(月)
午年
今年は午年。それで標掲写真は独楽と駒。家のタンスの飾り棚にあるのを取り出して写真に撮ってみた。いつどこで手に入れたかは忘れてしまったが、駒の方はおそらく新聞販売店が送ってくれた干支の景品ではないかと思う。
右の歌詞の題名は「一月一日」。1893年(明治26年)に文部省から発表された日本の唱歌。作詞:千家尊福(たかとみ)、作曲:上真行。千家尊福は、出雲大社の宮司(第80代出雲国造(いずものくにのみやつこ))であり、元老院議官、貴族院議員、埼玉県・静岡県・東京府の知事を歴任。第14代司法大臣、官位は従二位、勲一等、男爵。
出雲大社の境内には「一月一日」の歌碑が設置されている(下の写真)。
今は満年齢だから一月一日に歳が一つ加わるということはないが、満年齢で数えても白門43会員の大半は傘寿に達しているのではないだろうか。私は大学に入るのが遅かったから現在85歳、後三年で米寿である。身体のあちこちに不具合が出ている上、記憶力も大分衰えてきているから、いつまで元気で居られるか分からないが、43会の ホームページを維持していくためにも、43会が存続しているうちは、何とか真面な働きができるよう願うのみである。
ところで新年の行事の一つに七福神巡りというのがある。七福神というのは、恵比寿天、大黒天、毘沙門天、弁財天、寿老人、福禄寿、布袋尊の七柱の神様で、七福神巡りはこれら七柱の神々を祀る寺社を訪れ、参拝する行事のことである。これにより七福神が持つ様々なご利益を授かり、開運や商売繁盛、家内安全などを祈願する。 我が家の菩提寺の金乗院山口観音には本堂のすぐ脇に武蔵野七福神の一つ、布袋尊が祀られていて、初詣の時は多くの人が七福神にもお参りする。武蔵野七福神は、飯能市、所沢市、入間市に散在している。
ところで七福神なのになぜお寺の境内に祀られているのだろうか。七福神とは本当に神様なのだろうか。私はこんな疑問を持ち、調べてみた。すると、驚いたことに七福神は神様の要素と仏様の要素を併せ持っているらしいのである。祀られているのは神社もあれば寺院のこともある。だから拝礼の仕方は、神社のときは二礼、二拍手、一礼だが、寺院では合掌して低頭する。
明治維新の直後に、明治政府が神仏分離を行なって神社と寺院とを厳密に区別した。しかし、わが国ではそれ以前は、「神様も仏様も同じものである」と説かれてきた。これは平安時代なかば頃から、天台宗と真言宗の有力寺院の主導で神仏習合が行なわれてきたためである。難しい理屈は良く分からないが、七福神もその伝統に従い現在に至っているらしい。
ついでにいえば、恵比寿天、大黒天、毘沙門天、弁財天は名前に「天」が付いているが、これは仏様につけられる名前である。仏様には如来、菩薩、明王、天(天部)という区分があり、それぞれ大日如来、釈迦如来、観音菩薩、普賢菩薩、不動明王、愛染明王などと呼ばれていて、七福神の「天」も同じである。天が付く仏様は、七福神のほかにも梵天、帝釈天、毘沙門天、吉祥天、韋駄天などがある。
ついでに言うと、金乗院にはこの布袋尊の隣りに「ぽっくり地蔵」さんのお堂がある(右写真)。このぽっくりさんは元禄年間に金乗院十八世の亮盛師が高野山に遊学した時に、奥の院蓮華谷地蔵院の本尊を紹来したものと伝えられている。弘法大師が入定(死亡)された時のお姿だといわれ、このお地蔵様を信仰する人は永い病気をすることなく、お地蔵様によって極楽浄土へ見送ってもらえると言われている。余命も少なくなった私は、予てから病気をせずにあの世へ送ってもらいたいと願っていたので、この際「ぽっくり地蔵」さまにお賽銭を上げて、しっかりお願いをしてきました。
さて、以前は新年を迎えると、「さて、今年は何をしようか」と抱負を考えたものだが、最近はどうもそういう気持ちにならない。
白門43会員の中にはいまだに現役で、事業や弁護士の仕事をされている人が何人もいるが、長い間役人生活をしてきた自分にはこれと言った取り柄がない。だから身体をこれ以上損なうことなく、人様に迷惑を掛けないようにして生きて行かなければならないと思うようになった。
それでできる限りこの身体を維持していくために、近くの狭山湖まで毎朝4キロのウオーキングのほか、週に3、4回スポーツジムに通っている。ジムでも筋トレなどをすると却って身体を痛めるから、ヨガとか健康体操など無理のないメニューをこなしている。
私がヨガを始めたのは30代の頃で十数年続いたが、そのうちに仕事が忙しくなってヨガどころではなくなり、足が遠のいてしまっていた。だが、この身も後期高齢者になりすべての仕事から解放されてみると、このまま何もしないで日を過ごすのは身体にも悪いし、気分も晴れないので、数年前から再びヨガを始めてみる気になった。スポーツジムの会員になり、軽いトレーニングの他、ヨガなどのレッスンを受けるようになった。
だが長い空白と老齢化の進行で、一時のようなしなやかな体の動きは出来なくなったが、暫くやっていると、ひと頃程ではないがかなり柔軟性が復活してきた。それでも無理をするとすぐ身体に響いてくるから、程ほどにやることにしている。
何はともあれ、細く長く、棺桶に片足を入れるまでは続けたいと願っている。
三沢 充男