76歳を過ぎて食への関心は高まるばかりです。歳を取ると食べる事に興味を失う人が多いようですが、私の場合は違います。朝ご飯を食べ終わると直ぐに「今夜のおかずは何?」と聞いて、食事担当の妻に呆れられたり蔑まれたりの毎日です。
世の中を見渡すと歳を取り「元気」な人ほど食欲が旺盛です。その昔、父親から「お前は生きるために食べるのか、食べるために生きるのか?」と皮肉られた事もありました。ともかく食べる事が大好きで、好きな物の為には骨身を惜しみません。
40年前に担当していた「ごちそうさま」の番組で、大正時代、日本に初めて本格的なハムを紹介した函館のカール・レイモンさんを取材して、彼の作ったハムの美味しさの虜にになり、これは自分で作らねばと、以来手作りハムを作るようになりました。
ハムに限らず料理の決め手は材料です。まずは馴染みの肉屋さんから飛び切り新鮮な豚口−ス肉を仕入れます。肉に劣らず大切なのは塩です。レイモンさんが「屠殺された肉は塩によって細胞が甦るんだよ」と言った言葉が忘れられません。ドイツ産の「アルペン・ザルツ」という岩塩でソミュール液を作ります。好みのハープの他には保存料や着色料は一切入れません。このソミュール液に肉を漬け込み10日間程冷蔵庫で熟成させます。
漬け終わった肉を冷水にさらして、しっかり塩抜きをした後。哂を巻きタコ糸できつく縛ります。一晩風乾した後、桜のチップで5時間スモークします。最後に75度の温度で2時間ボイルして、やっと出来上がりです。肉を仕入れてから2週間の工程です。
自分のために作り始めたハムは、自宅で妻と週末だけオープンしてしている「カフェ花豆」のメニューに出してますが、何より嬉しいのは「おじいちゃんのハムが一番美味しい」と言ってくれる孫の笑顔です。時々お客さんから「譲ってくれませんか?」と頼まれますが、とても間に合わずお断りしてます。こうして作ったハムは全てノートに記録してあり「ハムノート」は5冊になりました。
「ハム貯金」も楽しみです。出来たハムは「カフェ花豆」に売り、店主の妻から相応の代金を貰います。これが少しずつ貯まり、好きなカメラや時計に化けるのです!
豚三枚肉でベーコンも作ります。こちらは「乾塩法」と言って塩を直接肉に擦り込みます。10日間熟成した後やはり桜のチップでスモークします。これをそのまま冷ませば出来上がりです。ベーコンはそのまま焼いてもいいですが、スープやギッシュの具にもしており、用途は広くとても役立ちます。
ハムもベーコンも毎回完成するまで心配ですが、肉質、塩加減、香り共々長年の経験で失敗する事は無くなりました。美味しいものを食べたいと言う強い思いを持ち、手抜きをせずに真面目に取り組めば、食の神様は微笑でくれます!
カラスミも作ります。晩秋、市場にボラの子が出回る頃、築地で買って来たボラの卵巣を一晩冷水にさらして血抜きします。これを大量の塩に1週間漬け込み、時間をかけて酒で塩抜きします。後はひたすら冬の天日に干します。約一ヶ月、茶色く色付き身が引き締まってくれば出来上がり。軽く炙って大根と一諸に食べれば、しっとりとしたした歯触りと磯の香りがたまりません。お正月の酒の肴に最高です。昨年は築地の市場が豊洲に移って勝手が分からず、一年休みましたが今年は再開します。
長野のぶどう農家の友人が作っている巨峰で自分用のワインを作ってます。コロと呼ぶ省きのぶどうを分けてもらい、樽でしっかり潰します。砂糖とワイン酵母を足して発酵させます。
10日程でぶどうの糖分がアルコールと炭酸ガスに分解され、良い香りが漂ってきます。オリを鎮めゆっくり熟成させた後。上澄み液をワインボトルに移しコルク栓をして寝かします。
全くの自然製法なので温度や気候によって年毎に味はまちまちですが、そこがまた楽しいところです。但しこれはいわば密造酒なので勿論販売は出来ません。あくまで自分と友達への楽しみ用です。
去年は絞ったぶどうを寝かしてそのままアメリカのポートランドに旅行して来ました。帰って来たら10月の暑さで発酵し過ぎ、ワインを通り過ぎワインビネガーになってしまいました。酸化し過ぎたものはもう元には戻りません。下戸の女房はお料理に使えると喜んでました。
こうしてみると僕の手作り品はみんな発酵食品なんですね!微生物の力で有機物が分解され、風味豊かな旨味を作りだします。自然の力に感謝です。今年は脂の乗ったアトランティック・サーモンでスモークサーモンに挑戦しようと思ってます。
どうやら手作りへの欲求が「元気」の源のような気がします。「生きるために食べるのか、食べるために生きるのか?」の結論はまだ出てません。(2019.5)
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