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第49回観劇会 平成26年10月5日(日) 於;東京芸術劇場シアターウエスト 参加:13名

「鷗外の怪談」 2兎社
     永井 愛 作演出

 台風が近ずいて雨が激しく降る中でも劇場は満席、多目的ホールの様ですが舞台
と客席が親近感が涌くような感じに作られ、演目と役者共に素晴らしかった故一層効
果的でした。
 お話は明治の末に起きた大逆事件デッチ上げの影の首謀者、山県有朋、その山県
と近い関係にあった鴎外、陸軍軍医総監であり文学者である彼の事件との葛藤を描
きます。そして政治権力の恐ろしさを浮かび上がらせます。このあたりがこの作品の
今日的意義でしょう。怪談の題名が付いたのも政治権力周辺に動めくちみもうりょう
を言い当てたものでしょう。
 終演後は劇場前の居酒屋で懇親会、冨里夫人の久々の参加、新井嘉昭さんのやっ
と本日72歳になった誕生日のお祝い、台風もブットバス盛り上がりで時間も延長、楽
しいひとときでした。

                                古谷 泰久


                                  資料提供;古谷泰久



鷗外の怪談  新井 嘉昭  (白門40年会会報第22号より転載)

□ 森鷗外は、大日本帝国陸軍の軍医総監、医務局長として、明治政府の中枢
にいる一方、権力に対し批判的な作品を書き続け、発禁処分を受けている。この
相反する2つの立場を兼ねる鴎外が直面した「大逆事件」(幸徳事件)を中心に舞
台は回る。
 昨年10月5日東京芸術劇場シアターウエストで、永井愛作・演出、金田明夫(鷗
外役)ら出演による、二兎社(永井主宰)公演「鷗外の怪談」(白門40年会第49回
観劇会)をみた。東京芸術劇場の大ホールは、平成2年の開場だが、当初コンサ
ート用の大ホールは音響効果の評判が悪く、音響装置をやり直したと記憶してい
る。二兎社の公演は、我が観劇では、平成24年10月「こんばんは父さん」(平幹二
郎・佐々木蔵之介)を、非公式観劇として、平成25年9月「兄帰る」(鶴見辰吾、草
刈民代)をみている。永井愛作品は、父子・兄妹ら家族関係のむずかしさを、温か
く描いていて、劇中に引き込まれるようにみてしまう。

□ 舞台は千駄木・団子坂上の自宅「観潮楼」(現在は鷗外記念館が建っている)。
軍医総監医務局長(中将と同位)として明治政府側からと、文学仲間でもある後輩
弁護士の双方から、大逆事件について意見を求められる立場にあることが明らか
にされる。観潮楼の一間を舞台に、入れ代わり立ち代わり訪れる弁護士や、ときの
権力者側に立つ古き友人との間で、右往左往する鷗外。弁護士であり「明星」に短
歌・評論などを発表する歌人・小説家でもある大逆事件を担当する平出修弁護士の
相談にのり励ます。難しいというか危険でさえあるバランスの上に話は進む。鷗外は
どちらかといえば心情的に平出寄りで、事件発生後の明治43年12月、平出に一週
間に亘って無政府主義と社会主義について講義をしている。
 平出は後に「逆徒」を「太陽」に発表し、同時に発禁処分を受けている。このような
平出に肩入れすることは、国家に絶対的忠節を誓うべき高級官僚として相容れない。
このような危険な立場を、古き良き友人で権力者側に立つ賀古鶴所が自重を求め、
鷗外もこれをよく聞く。こんな終生の友を持ちたいものだ。

□ 一方家に帰れば「パッパ!」と飛んで来る妻や子供たちのよき夫であり父親であ
る。鷗外は後妻のしげのよき夫たらんとするが、公務多忙のため十分その役を果
たせない。家庭人として、母峰子と妻しげの不和に悩まされ、家にあって落ち着く席
がない。このような公人としての生き方を縦糸とし、家庭人の苦労を横糸として織り
なす一布がこの舞台だ。

□ 大逆事件はご承知のとおり、社会主義者幸徳秋水らが明治天皇殺害計画を企
てたとして検挙され、明治44年1月24日秋水ら24名が死刑を宣告され事件である。
その後一部特赦により無期刑に減刑された者を除き、12名が処刑された。この事
件に連座して死刑に処せられた大石誠之介は、和歌山・新宮の医師であり社会主
義者で、辻原登は小説「許されざる者」(毎日新聞刊)の中で、大石誠之介をモデル
とする医師槙隆光の生きざまを描いている。私は毎日新聞に連載当時から通読した
が、彼は社会主義者というより、社会奉仕家と呼ぶに相応しい。その後世人は大審
院が有罪とした幸徳秋水中心の全体計画は、「フレームアップ」(政治的でっちあげ)
だという。

□ 大逆事件は大逆罪に関し「大津事件」と対置される。大津においてロシア皇太子
ニコライに切りつけた巡査津田三蔵に対し、対露関係の悪化を恐れるときの政府は
大逆罪を適用し、死刑に処すべしと大審院(児島惟謙院長)に裁判干渉する。しかし
大審院は同罪を適用せず、一般謀殺未遂罪で無期徒刑に処した。これが大津事件
である。大津事件が、政府の死刑圧力をはねのけ、司法の独立を死守したと誉め称
えられたのに対し、大逆事件は検察当局による「フレームアップ」として汚点を残した
と酷評された。

                       ◇
観劇したときは「鷗外の怪談」の「怪談」の意味が分からなかったが、新聞の劇評で
「永井愛は弁護側、政府側双方から意見を聞かれる立場にあったという研究成果な
どを元に、脚本を書いた」事を知り、ピンと来た。双方から意見を聞かれ、それぞれに
対し異なる意見を述べるという現実離れした鷗外を、「この世のものとも思えぬ」とい
う意味で「怪談」としたのではないか、そんな気がする。

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