戻るトップページへ戻る

「今朝の八ヶ岳」No.53 (2025/01/05~2025/04/30)
下欄に残っている写真以外は容量低減のため削除しました。
(2025/05/31)

2025/04/30
今朝は穏やかでウオーキング日和だった。ウグイスが森の中で鳴いている。ヒバリは田圃の上空で鳴いている。向こうは残雪の山々。贅沢な春の朝のウオーキングだった。昨日で野菜の苗を植えるのはほとんど終わった。上のM医師の置き土産の草刈機で草を刈っている。昨日はお礼方々、道のドンツキにあるご自宅に入る手前の道路の草刈りをやっている。刈ってみたら、大きな猪が獣道を作って自分のハイウェイにしていた。こんなことで、少し道端の熊笹を切って見通しを更によくしている。ご自宅の奥の杉林には村の鉄砲撃ちの親分がすでに獣の動きを察知していたのだろう、罠をかけるとこの前言っていた。 
2025/04/29
北西からの強い風の朝です。昨日は野菜の苗を植えた。トマト、キユゥリ、ナス、トウモロコシ、枝豆、カボチャと趣旨雑多に植えた。午後の三時頃からあめになった、今日はトマトの支柱を立てます。小さな菜園だが多品種の苗を植えることができた。実がなる頃になるとハクビシンや鹿など獣とのたたかいになるだろう。今朝は山々の稜線に雪を見た。昨日苗を植えていたときの雨は上の方では雪だったようだ。 
2025/04/28
+12℃。今年初めて電気毛布なしで寝た。ここ茅ヶ岳山麓の棚田は田植え前の準備が進んでいる。土を細かく砕いて平らに整地しおわった。自然の適正条件が来れば、上の水力発電所辺りから山麓に張り巡らした水路に大量の水がすごい音で流れ落ちる。昔、天候が悪くて水温が低かった年があった。農家の青年達は長老がいつ田植えを始めるか毎朝オートバイで見回っていた。長老は確かに水に手を入れてはいたが、水の温度ではなくその下の土の中の温度を確認していた。水が冷たくても地温があれば稲の苗は根をはって成長するのだと教えてもらった。米作りにも奥が深いと感銘したものだ。 
2025/04/27
+4℃。寒いが、清々しい朝だ。ウオーキングの帰りに赤松の倒木が道路上にあった。行く時は気付かなかった。かなり太いのでドイツ製の大型のチェーンソーで今年の試運転を兼ねて切り払っておきたい。この道路は普段は使わないのでゆっくり作業できる。今朝はいつもの所で南アルプスに向かってラジオ体操をした。病気の前よりもハツラツと体操できた。残雪を愛でながら綺麗な空気を吸っての体操は贅沢なものだった。 
2025/04/26
昨日から金属刃の草刈り機の試運転をしています。ドイツ製の草刈機(刈払機スチール製)は高校の同期のM君が営林署の署長をしているときに薦めてくれた物です。彼がいってたとおり、耐久力や馬力は優れて15年くらいは使ってきた。ソロソロ寿命かもしれないが、気化器辺りの部品を交換してまた、使いたい。もう一つは今朝、試運転をした。この刈払機は上のM医師の遺品です。まだ、新品に近いが刃のチップが殆ど無かった。石もお構い無く切ってたようだ。写真は新品の刃に交換したところです。ところが、裏表を間違えて付けていたのでまたばらして正常な状態に組み直して試運転した。今度はうまく切れるようにな作業は山小屋作りの合間に突然行う(始める)ので、すぐにかからないといけない。   
2025/04/25
昨日は刈払機の試運転をした。昨年末に手入れして保管していてのでスムーズに始動した。毎年、エンジンがかからなくて苦労していたのが嘘のようだった。まだ、金属刃の草刈機が二台ある。今日はこの二台の試運転をします。その前にジャガイモの新芽を鹿が根元から食べた。まだ、芽が少しはこれから出てきそうなので防虫ネットを被せておきます。今年は豊作を期待して土作りをしっかりしていたので悔しいかぎりだ。写真はゴミ出しから帰って入口で振り返った時に撮りました。五月の連休は残雪が見れそうだ。 
2025/04/24
新緑が清々しいだ。軽トラックに刈払い機を乗せて走っているのを見た。早や、春最中に入ってきた。今日は仮払い機の試運転をしたい。混合燃料も作り貯めしたい。農協に行って野菜の苗の販売開予定も確認したい。お隣の奥さんは出発日の今朝になってカザフスタンへの旅行を取り止めた。若い時は大きな犬に引きずられながら毎朝散歩をしていたので凄く健脚だったが、犬もいなくなって、自分の動きが少なくなって、数年経ってから腰が痛みだして病院に通ったが治らないそうだ。 
2025/04/17
+4℃。昨日はフルコースでウオーキングした。えらく疲れて一日仮小屋でゆっくり過ごした。村の温泉にある体重計では筋肉量はかなり回復したが、持久力は鍛え直さなければならないように感じた。今朝の写真は山での自給用の私の菜園です。小さな菜園だが、ブルーベリーは年間通して食べれるし、できすぎた野菜は自宅に持って帰れるときもある。2日前に合掌支持パイプでを組み立てた。土には苦土石灰を鋤いた。トマトを今年は沢山作って、ウクライナのカルパチアの山の中のおばあさんの越冬生活の真似をしてみたい。5月の連休に苗を植えるのが待ち遠しい。 
2025/04/16
+
3℃。昨夕に急に風が出て気温がさがった。山には雪が積もったのか、山頂辺りはま白く輝いている。昨日の昼は突風、雨、晴れ、虹、と、目まぐるしく天気が変わった。洗濯物を乾かすのもひと苦労だった。それでも菜園の空いたところに苦土石灰を鋤いたり、トマトの支柱を立てたり忙しかった。久しぶりに働いた足の筋肉は疲れてもう、歩きたくないといっていた。今朝は約3ヶ月ぶりにフルコースでウオーキングしてきた。最後の坂はお隣の奥さんのペースでウオーキングするのは辛かった。マダマダ元の筋肉量になっていないようだ。 
2025/04/15
けさ昨日、明野に来たら狸が檻に入っていた。今朝一番で猟友会の会長のトラックで下っていった。まだ、天気が安定しない。晴れのち瞬間雨の気象です。虹が下の尾根()に出ていた。今日は苦土石灰を撒きます。5月の連休に植える野菜の苗の下準備です。この尾根の向こうが残雪の南アルプス連峰です。昨日は特急電車できた。月曜なのに予定の特急は満席だった。帰りは高速バスにしてみたい。 
 2025/03/26
+13℃。黄砂がひどい。写真は韮崎駅のプラットホームから茅ヶ岳方向です。山は全く見えません。こんな濃い黄砂は初めてだ。昨夜は小学校の卒業日だった。孫から仲良し同志の写真を寝ようとしたときに送ってきた。あっという間にこんなに大きくなったのかと感激して就寝が送れてしまった。さて、どんな中学校にゆくのか心配になっています。
2025/03/25
昨日の午後は雨。ヒョウ。雷。稲光。虹。が一緒に一瞬のうちに通りすぎた。今日は温か過ぎてワイシャツ一枚ですごしていて外の力仕事をすると体調が狂う感じだ。。今日は写真のとおり黄砂も酷いので外の力仕事は止めてゆっくりと読書などですごしています。 
2025/02/25
-6℃。日が昇ると急に暖かくなって真冬の作業着では身体がほてって水分補給をした。いま、帰宅のために韮崎駅にいます。脳梗塞はすっかり治った感じだが、用心のために電車で往来しています。富士山の雪もこの暖かさでは解けるなのが早いのでは?  
2025/02/24
-7℃。少し温かくなってウオーキングに出掛けた。君の実家辺りは八ケ岳を越えた雪雲が鷲づかみのように覆っていた。久しぶりのウオーキングで少し疲れた。それでも筋肉がつけば良いとしたい。昼飯を食べたら草刈り機やチェーンソーの刃のめだちをしたい。根っ子が深い常緑樹はすでに水を吸い上げて、葉っぱには緑色に艶がつき始めている。雑草が繁る春は近い感じだ。 
2025/02/02
久しぶりにレポートします。写真は心のシャッター今、入院中のビルから撮ったものです。間もなく雪が降るような予報の都心の朝です。この慈恵医大では1万円札になった渋沢栄一が2回もガン手術を受けて長らえた病院です。私はここでステントを20年くらいの間に四本入れています。今回は脳に繋がる首の血管にステントを一本いれました。経過は順調らしく、自分も回復の速さを感じています。山小屋に帰ったら渋沢栄一の最後のレンガ(埼玉県の深谷市にあった工場の閉鎖時に購入したレンガ)約1万個を組み立てたい。先ずは渋沢翁ごとく健康にこれからも生きながらえないといけない。 
2025/01/21
いま、談合坂SA。西武鉄道グループの酒仲間との新春祝賀会に明日は出席します。纏めやくだったk君は、脳梗塞に突然にやられて厳しいリハビリを続けてやっと出席するというので仲間みんなでお祝いを込めて新春に一杯やります。65ねんくらいのなかまには何処かにガダがでた友達がでてきている。毎月ゴルフを楽しんでいる仲間4人は健康でワイワイ騒がしく、良く飲むい。とくに、インドネシアの政界にもに顔を売ってたBくんは賄賂のつかいかたに手をぬいたため命かながら逃げ帰ったB君はもてもげんきがよい。芋焼酎の鹿児島育ちだからだろうか?す写真は明野の高台から南方向のパノラマがめんです。 
2025/01/19
-2℃。山々の雪が白く輝いていた。今朝も鹿が庭の水を飲みに来た足跡があった。昨日は村の鉄砲撃ちの親分に冷凍した雉1羽をいただいた。今朝みたら、解凍しているので、早速、解体をしたい。小学校から帰ったら鶏を親父の命令でよくさばいたものだ。思い出してうまくさばけるかな?先ずは熱湯で毛むしりをするのだ。日向(ヒナタ)のある、梅の木の下でラジオを聴きながら解体をしたい。 
2025/01/18
ここは初狩PA。富士山の雪が午後の西よりの太陽に照らされている。昨日は中田君が館長の佐藤美術館に行った。富士山だけの絵画展だった。去年、富士山の五合目をトレッキングした白門40年会の仲間が想い出と共に鑑賞しました。トレッキングの直前に亡くなった都留市生まれの平井君はこの後ろの集落からこの富士山を眺めているだろう。明日からは明野で夜明けの富士山を見てから罠の見廻りをします。写真の下の横方向のトンネルはリニアのトンネルです。その手前には昔はJR中央線のスイッチバックの線路がありました。今は馬力の大きな電車が流れるように笹子トンネルに向かって上っています。 
2025/01/16
-3℃。今、奥秩父の三峯神社の食堂です。長い長い雁坂トンネルを走ってたどり着きました。白門40年会の一泊旅行候補地の下調べです。ここには全国からお坊様が修行に来るので大きな宿坊があります。温泉付きの山の上の宿坊に一緒に泊めてもらえる相談をしました。写真は新井嘉昭、新井孚、両君がふるさとの秩父方面です。神社の一角にあるお参り場所から撮影しました。 
2025/01/15
-4℃。ウォーキングに出掛けたが、お腹の調子が悪そうなので引き返した。昨日はパノラマ温泉に行った。工事をしていて臨時休館の貼り紙があった。折角だから野辺山までドライブを楽しんでから高根の湯に行った。一週間前、意識不明になっているお客がいて救急車で運ばれる騒ぎのあったジャグジー風呂にもつかってみた。寝ころぶ湯舟のため顔がお湯から出ていたのが良かったと思う。写真は明野のクララの湯の屋上からの富士山や甲府方向の景色です。この景色を海抜1100m位のパノラマの湯の露天風呂からじっくりと眺めたかったが、残念だった。 
2025/01/13
-4℃。未明から野菜サラダを作りためしていたためウォーキングなし。今朝の写真は村の温泉の施設からの風景です。こんな景色を湯船から眺めています。毎年、1~3月は火曜日が休館日になります。明日、天気がよければ八ヶ岳のパノラマ温泉に行くつもりです。ここの露天風呂からこの景色を眺めたい。明治の時代にヨーロッパアルプスの山岳技師(ホッサマグマを見つけた人)が素晴らしいと褒めた景色(含む、南アルプス連邦)だからじっくり湯船の中から鑑賞したい。 
2025/01/12
-3℃。無風。昨日、最後のブロッコリーを収穫した。以前、鹿に大きなのを丸々一つ食べられた。その経験から実を採って葉っぱや茎を罠の廻りに捨てておいた。今朝、見廻りに行ったら、そのまま残っていた。菜園に育っていた時は何回も食べに来ていたのだが、捨てた物には警戒をするようだ。この辺りの獣は学習能力が高いとことを今回も知らされた。今朝の八ヶ岳の雪は雲がかかっていたが、下の方は解けたように見えた。ご近所のポルトガル(奥さん)夫婦は松本市に出掛けた。お祭りを見てから温泉に入るのだそうだ。奥さんは日本の温泉にすっかりハマったようで、あちこちに一人でも出掛けている 
2025/01/11
-8℃。無風。山小屋の水道管は10時頃に解凍した。いま、洗濯中。本格的な冬になった。八ヶ岳の上半分は白く輝いていた。昨日は一日かけて色んな食料を作りためした。周囲の高い山々を越えて大雪や冷たい暴風(八ヶ岳おろし)がきても三日くらいは耐えられると思う。こんな冬天気だが、ソロソロ、ジャガイモを植える準備をする時期になった。野菜の値段が高いので米ぬかと納豆菌を鋤いて更なるサラサラ土にしておきたい。  
2025/01/10
-5℃。北風がとても冷たい朝だ。昨日は豚肉の生姜焼にチャレンジした。調べたレシピで準備して、さて、豚肉を焼く前に問題が発生した。ゴマ油も調味料と思い込んでいた。折角つくった調味料を捨てて作り直してお風呂に行った。今朝から胡麻油で豚肉を軽く痛めてから調味料を合えた。まだ、食べていないがよい匂いだ。ところが、飛び散った油がウォーキング服に沢山散っていた。二度目の洗濯をしている間にこの写真を車で行って撮ってきました。田圃の側は立っているだけで凍える北風だった。これから豚汁をを作ります。その後は長芋をおろして庭の柚と合えます。その間に明野金時というサツマイモを蒸してから潰して羊羮ふうにして弁当箱に詰めます。小さなコンロ一つで厳冬に備えています。  
2025/01/09
-5℃。無風。雪雲が昨日より下がってきた。平井くん家も間もなく雪雲の下に入りそうだ。天気予報には雪はないが、今日は食料を買いに町に出掛けたい。庭の木の剪定作業が昨日までかかってしまった。「想いのまま」と言う品種の梅の木は思いのほか沢山の枝が枯れていた。去年は少し枯れたな!。くらいの感じだったのだ。もう剪定作業はやらない。右手の全ての手先が膨れてきている。指先が水や温泉に触れるとピリッと痛いし、人指し指は爪から出血している。今日は野菜サラダ、味噌汁、豚肉の生姜焼を防水手袋をして多めに作ってみます。  
2025/01/08
-4℃。太陽が高くなってウォーキングにでかけた。高い山々の頂は雪雲に覆われていた。雪雲はまだ、周囲の山に囲まれた甲府盆地には届いていない。ポッカリ空いた青空では輸送飛行機が西へ東へと頻繁に飛んでいた。どこにこんな沢山の飛行機を駐機する場所があるのかと思うほどだ。一方、山では今朝も罠場は静かだった。罠が跳ねていないか覗いて見ていたら、突然、大きな鹿が側から飛び出して爆走して下っていった。固い蹄の土音や熊笹の揺れからしても、超大物だ。お隣の猫を沢山飼っている奥さんは狸が沢山来ていると言う。今年も獣たちと戦い続けることになるのかな? 
2025/01/07
0℃。昨日の雨草道も凍らせていた。明るくなってから罠を見回りに行ったら濡れていると見えた草が凍っていて滑った。転ぶところだった。今朝は奈良から単身移住して手広く農業をしているT君に腰痛を和らげる薬を車を四駆にして届けた。私の主治医からの常備薬だが有効期間間近なものです。帰りに海抜730mにある農産物直売所に寄った。その時、撮影したものです。下の甲府盆地はひどい濃霧に包まれていた。これではヘッドライトをつけて滑るブラックアイスの道をノロノロ運転しているのだろう。 
2025/01/06
-6℃。微風。静かな朝です。八ヶ岳だけが輝いていた。他の山々は雪雲がかかっている。正月には山小屋に来られたのは大きな鹿だけだった。ビワの木の高いところの外皮を噛っていた。どうも菜園の側の小さな堀の水を飲みにも来たようだ。帰りは私が作った小道も利用して路肩を崩している。肝心の足罠を仕掛けてあるところには寄っていない。今日は間もなく久しぶりの雨が降る予報だ。灯油や白州の水を蓄えたい。  
2025/01/05
いま、山小屋に向かっている。ここは双葉SA。恒例の箱根駅伝の応援をしてきた。その時、中大の応援団の熱のこもった演舞の写真を友達に送った。その写真を見て、原子力発電所の建設や職員の指導をしていた小学校の友達から、青学の監督は、あの奥さんがいての監督だ‼️と、メールしてきた。監督は電気の優秀なセールスマンだったそうだ。箱根駅伝の連覇には家庭のバックアップもあることを教えてもらった。中大は来年はトップでゴールしてもらいたいものだ。  

「今朝の八ヶ岳」No.49を見る「今朝の八ヶ岳」No.50を見る 「今朝の八ヶ岳」No.51を見る  「今朝の八ヶ岳」No.52を見る
「今朝の八ヶ岳」No.45を見る「今朝の八ヶ岳」No.46を見る 「今朝の八ヶ岳」No.47を見る |「今朝の八ヶ岳」No.48を見る
「今朝の八ヶ岳」No.41を見る「今朝の八ヶ岳」No.42を見る 「今朝の八ヶ岳」No.43を見る |「今朝の八ヶ岳」No.44を見る
「今朝の八ケ岳」No.37をみる「今朝の八ヶ岳」No.38を見る「今朝の八ヶ岳」N.o.39を見る「今朝の八ヶ岳」N.o.40を見る
「今朝の八ヶ岳」No.33を見る「今朝の八ケ岳」No.34を見る「今朝の八ケ岳」No.35を見る「今朝の八ケ岳」No.36をみる
「今朝の八ヶ岳」No.29を見る「今朝の八ヶ岳」No.30を見る「今朝の八ケ岳」No.31を見る「今朝の八ケ岳」No.32を見る
「今朝の八ヶ岳」No.28を見る
「今朝の八ヶ岳」No.27を見る「今朝の八ヶ岳」No.26を見る「今朝の八ヶ岳」No.25を見る
「今朝の八ヶ岳」No.24を見る「今朝の八ヶ岳」No.23を見る「今朝の八ヶ岳」No.22を見る「今朝の八ヶ岳」No.21を見る
「今朝の八ヶ岳」No.20を見る「今朝の八ヶ岳」No.19を見る「今朝の八ヶ岳」No.18を見る「今朝の八ヶ岳」No.17を見る
「今朝の八ヶ岳」No.16を見る「今朝の八ヶ岳」No.15をみる「今朝の八ヶ岳」No.14を見る「今朝の八ヶ岳」No.13をみる
「今朝の八ヶ岳」No.12を見る「今朝の八ヶ岳」No.11を見る「今朝の八ヶ岳」No.10を見る「今朝の八ヶ岳」No.9を見る
「今朝の八ヶ岳」No.8を見る「今朝の八ヶ岳」No.7を見る「今朝の八ヶ岳」No.6を見る「今朝の八ヶ岳」No.5を見る
「今朝の八ヶ岳」No.4を見る「今朝の八ヶ岳」No.3を見る「今朝の八ヶ岳」No.2を見る「今朝の八ヶ岳」No.1を見る

戻るトップページへ戻る